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「こちらの負けん気の強いお嬢さんは、
さんといってね。
ここの正面にある広場前の金物屋の跡取りで、
この教会の聖歌隊のリーダーでもあるんだ。」
「アンダンテさん。///////」
負けん気の強い…は余計だよ。////// じゃあなくて。この島で唯一の港町を、町長でもなけりゃあ保安官でもないってのに、目には見えない“威嚇”でもって、じわじわりと牛耳る連中を相手に。その負けん気がついつい出ちゃってのこと、何だか物騒な空気になりかけていたところへ現れて。奴らの注意を逸らしてもらったその上、連中への“忌ま忌ましい奴ら”という印象も ついでに上書きしてくれたような格好となった彼らは、確かに見覚えのない二人連れであり。ここへは旅の途中で立ち寄ったんだと、それはあっけらかんと笑ったのがルフィといって、他のクルーたちが補給の買い物をしている間、自分は暇だったんで散歩していたんだなんて言うところは、まだまだ見習い格くらいの船員なんだろか。そんな彼とともに現れたもう一人は、も少し判りやすい戦闘担当の剣士さんであるらしく、
「ゾロは迷子か?」
放っとけと言い捨てつつ、でもでも耳まで赤くなったぞ、このお兄さん。もしかして方向音痴なの? あのね、このアンダンテさんも相当なんだよ?
「こら、。//////」
さっきのお返しだもんよと、あかんべつきで言い返したアタシへ、
「それにしても、
絵に描いたような小悪党って感じだったな、今の。」
アンダンテさんが広場のスタンドで買って来てくれた、冷たいレモネードを飲みながら。これが美味しい良い季節だってのにねと、肩をすくめたアタシだったのへ、続けるように訊いたゾロさんだったんで。
「ああ、あいつらね。」
思い出すのも忌ま忌ましい奴らの話を、掻い摘まんでお話ししてあげることとする。
「一番老けてた、樽みたいなおじさんが、
酒場のオーナーのヘルメデスっていう奴でね。」
此処も一応はログをやり取りしている航路上の島だけど、さほど大きい島でも町でもなし、ログも1日かからず溜まるから、来る船もせいぜい補給して行くだけのこと。ま、そんなだからか、海賊にも洟も引っかけられないんじゃあるけれど。
「こらこら、。」
そうじゃなくてと、アンダンテさんが苦笑をし、
「此処はそもそも海軍の補給地だったんだ。
その名残り…というか、補給に特化していた土地なもんだから、
観光も何もあったもんじゃない。」
鉱泉が涌く岩場も、おいしい沢ガニのいる川も、地元の人しか知らないし。その泉の底に堆積した何かしらの成分が固まって出来る鉱石のことも、此処の人でもない限り、知りようがないよな ささやかなことだのに。
「鉱石?」
ゾロさんの方は、その次を…此処でそんなフレーズが出て来た意味を知りたいって訊き方だったけど。
「こーせきってなんだ?」
ああやっぱり。(苦笑) ルフィの方はそこから判らなかったみたいで。あらまあ微笑ましい笑ったまんま、
「こーせきっていうのはね、石のことよ。」
「なぁんだ、石か。」
「…おいおい。」
「そうじゃなくってだな、ちゃん。」
なによ、ルフィだって納得したじゃん。え? 納得の深さも恐らくは違う? ゾロさんまで口許引きつらせてどうしたの?
「だからね、確かにまあ“石”には違いないけれど、
鉱石っていうのは、鉱物資源が含まれてる石のことなんだ。」
「鉱物資源?」
そう、例えば金や鉄だったり銅だったり、石炭もそうだし、石綿とか石灰とか、そうそうラジウムっていう、温泉効果レベルの軽微な放射線を出すのもあったり、と。喩えを並べてくれたのへ、ルフィとほぼ同時に“ああそうなんだ”と、ぽんっと掌をこぶしで叩いていたアタシだったけど。
「で? 何だ、その鉱石ってのは。」
「だからゾロ、こーぶつ資源が。」
「…じゃあなくて。」
そこはツッコムところと、さすがにアタシにも判ったよ、ルフィ。
「この教会前にある泉のや、
それぞれの家庭まで引かれている水は、
深いところの地下水脈から涌いてる真水なんだけれど。
それとは別口の水脈から涌いているのをたたえさせた、
神聖な泉があってね。」
真水には違いないんだが、人が住むようになる前からあったものらしくて。
「ほら、このグランドラインってのは
島の組成が外海よりは磁力の高い岩盤だから。」
鉄分が低いとか高すぎるとか、妙な成分が含まれているやも知れないとか。そういうのを心配した海軍お抱えの医療関係施設のスタッフが、あらためて掘り当てた方のを、一般の住人たちも重用して使い始めたもんだから。今じゃあ、古い方のそっちは飲料水としては使われないまま、一種の縁起物になってしまったんだけどもと。さすがは大人で、判りやすくも丁寧な説明をしたアンダンテさんが言う泉こそが、さっきのハンプティダンプティおじさんとアタシらとの、確執を深めている代物なんだな。
「その泉の水は、
成分の中に少し多いめに特別な金属系成分を含んでいるらしくて。
そんなせいだろうね、
条件の合う小石の周りにくっついてくっついて、
数年掛かりでキラキラした綺麗な宝珠になるんだ。」
その宝珠を巡ってのお祭りというのが、近々、いやさ明後日の晩にあってね。今やこの町の、というか この島の伝統みたいなものになっているんだと。アンダンテさんの説明は淀みない。
「お祭り?」
そうかそれで、港での上陸手続きもばたばた荒っぽかったんだなと、大きいドングリ眸をぱちぱちっと瞬かせたルフィだったんで。
「あら、それじゃあ
あんたたちは、それを目指して来た訳じゃなかったんだ。」
この海域じゃあちょっとは知られたお祭りだから、観光客もいっぱい来るし、夜店も大道芸人も詰め掛けて、そりゃあ楽しいんだからと。ほんのさっきまでの不機嫌もどこへやら、アタシも ついつい満面の笑みになっちゃったほど。だってねあのね?
「初夏の満月の晩に、
歌姫の歌声と共鳴して泉の底で最も輝くのが引き上げられて、
島の神殿へ奉納されるんだよ。」
アンダンテさんはそこでアタシの方へ手を延べるようにして見せて、
「そして、この何年か、泉の宝珠を輝かせているのが、
彼女、の歌声だけなんだ。」
「おお、じゃあ“歌姫”ってのなのか、お前。」
凄げぇじゃん、偉いじゃんと、呵々と明るく笑ってくれたのが。あんまり明けっ広げで楽しげだったので、アタシもまんざらじゃあなくなって、そーよ、まいったかと、むんっと胸を張ってしまったけれど。
「その宝珠ってのを、
さっきのヘルメデスさんが
どういうワケだか欲しがってるみたいなんだな。」
「あ…。」
そうだった。そんな動向が目に見えて来たもんだから、何あいつ?と、一番の関係者みたいなアタシとしちゃあ、心中穏やかじゃあない ここんとこだったってワケで。
「宝石として値打ちがあるから、じゃねぇのか?」
2杯目のはどう見たって小麦のジュースじゃないかそれという、アルコール度数の高そうな飲み物をあおってた剣豪さんが、もっともなことを訊いたのへは、アタシも アンダンテさんも“ううん”と首を横に振る。
「宝珠というくらいだから、
それはキラキラしたものでもあるけど。
石英とか珪砂(けいしゃ)っていって、
ガラスの素になる成分が表面にくっつくだけのことで、
ダイヤだのルビーだの
水晶だのっていうレベルのお宝じゃあない。」
外の世界にはもっとすごいお宝だってあるだろし、酒場にはそういう話を持ち込む商人も、ごまんと来るんだろうにね。
なのに、どうして
今や町一番の有力者と気張って 仰のけざまに踏ん反り返ってるヘルメデスが、こんな小さな島のお祭りに現れる、縁起物レベルの石なんかに、どうして ああまでこだわるんだろ。
「島の一番のお宝ではあるけれど、
泉から引き上げられた後は、
裏山の上の井戸へ落とされて終しまいなんだのにね。」
「え? 捨てるのか?」
と言うか、そこがご本尊っていう信仰になってる ひとつながりで。
「井戸を蓋してる岩戸が開くのも同じ月の晩で、
漬物石みたいな大岩の蓋は、
拾い上げたその年の宝珠を乗せないと、
どんな力自慢が押しても引いても開かないのよ。」
それこそこの島の人しか知らない詳細だけれど、だからって特に内緒ってワケでもない。こうやって初対面の人へだって話していいくらいにね。でも、
「付きまとわれてウザイってんなら、
いっそ、その石をくれてやるってワケには…。」
「いかないわ、そんなの。」
ゾロさんは単なる例えで言ったんであって、悪気があって言ったんじゃないんだろうけれど。ましてや、アタシ自身もさんざん、価値はないの宝石じゃないのにって言ってたけれど。それでも即座に声が出てた。
「よそへ持ってっての価値はなくとも、
この島では絶対の大切なお宝だもの。
好き勝手されちゃあ たまんない。」
「そだぞ、ゾロ。に謝れ。」
「あ、ああ。すまんかった、ごめんな。」
あ、えっと、いやあの。こっちも、ついつい偉そうにごめんごめんと、頭を掻き掻き下げっちゃった。つか、こういうのって、確か……こ、こ、えっと何てったかな? あ、そうだ。
「ただ、こういうのは“こかん”にかかわることだからね。」
「…………☆」
男性諸氏がお顔の表情を止めて固まったのがどうしてか、それが判ったのは……微妙な間の後のお話で。
「ちゃん、それも言うなら“沽券”だ。」
「あれ?」
いやまあ、あのその……。///////// そんなこんなというあっけらかんとしたごちゃごちゃも、後日にはただの楽しい思い出になって。物知らずというか考えて物を言わないというか、困ったお嬢さんだねぇなんて、アンダンテさんから引っ切りなしに思い出されちゃあ 真っ赤になってって程度の話で済むはずだったのにね。
「……じゃあ、50万ベリーで契約ってことで。」
「おうさ。」
「勿論のこと、当日の衣装や食事や、
そうそう、控室には宿も手配していただけるのよね。」
「ああ、任せな。大事な歌姫さんだ、丁重にもてなすさね。」
溝の切れ掛かったレコードが、ざらついた音で奏でる古いジャズをBGMにして。それは綺麗な女性二人が、ヘルメデスの酒場で意味深な契約を結んでいようとは、アタシたちも知らないことだったし、それで話が微妙にややこしくなろうとは……。
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*あれ? もっと単純な話になるはずだったのにな。
という訳で、もちっと続きます。

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